余白は情報である
余白は高級さの演出ではなく、視線の次の行き先を決める量である。
余白を増やせば整って見える、という話ではない。余白は、視線が次にどこへ行くかを決める量である。詰める場所と空ける場所は別で、均等に空けると、どれも同じ強さになってしまう。
このサイトでは、見出しの前後だけ余白を極端にしている。リストや日付は逆に詰める。密度の差が、ページの中の声の大きさになる。
広い画面で余白が増えるとき、それはコンテンツが足りないのではない。本文の行長を守った結果、周囲に残った面積である。その面積まで何かを置きたくなるのが、画面を作るときの癖だと思う。置かない、という決定も、情報である。